春の海 ひねもすのたり のたりかなでした。
瀬戸内は、四季を通じて洋上がまるで湖面のように見える日も多く、高校を卒業して外海に面したよその地域で暮らした時に、その違いをすごく感じた記憶があります。時化でうねりが激しくなった時も何度かありましたが、それは滅多に降らなかった雪と同じで、むしろ楽しさを感じた子供の頃でした。
つらい時も嬉しい時も、いつも海を見ながら気持ちを噛み締めていたぐらい好きだったのに、なぜ自分は海のない場所で暮らしているんだろうと思うことがよくあります。
ふるさとは遠きにありて...と昔から言われているように、離れているから良いのかもしれませんが、小豆島を訪ねれば、いつも変わらない友達の笑顔が見られて、時計の針を戻したような気持ちにもなれて、心は晴れ晴れします。
けれども、元々よそ者だった親は定年後に島を離れたので、私には帰る家がありません。いつか香川へ帰る日が来るんだろうって漠然と考えていた高校時代の記憶はあるけれど、県外への進学と就職という流れに乗ったままよそで暮らすようになり、いつしか親のいる故郷へ帰る機会を逸してしまいました。今更帰ってもと、心の中では自身につぶやいていますが、海のある風景の気持ち良さを満喫していると、仕事さえどうにかすれば帰って暮らせるかもって考えたりもし、いつまでも海を見つめていた4月の船旅でした。
お金はあの世まで持っていけないと昔の人は言ったけれど、心地よい思い出はあの世まで持っていけるものなんでしょうか...

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