連座制

小豆島で暮らした子供の頃、何が一番嫌だったかと振り返れば、どこにいても誰かの目が光っているということでした。常におとなしく真面目な者であれば、そんなことが憂鬱の種にはなり得ないのですけど、残念ながら私はそんな風になれませんでした。

それでも視点を変えれば、いたずらが大事に至らないうちに大人に止められるという昔の田舎ならではの良さもあったのだと思うし、地域みんなで子供を見守るという昭和そのものの日々がそこにはありました。

けれども、親のことを考えて常に良い子にしてなければならないプレッシャーは、自由を求めるので当たり前な思春期には酷なもので、ある者は開き直り、またある者は見つからないように工夫し、窮屈な町の空気をかわしながら過ごしていたのだと思います。

田舎ならどこでもある通り、誰がどこで何をしていたかなんてことは非常に早く伝わってしまう恐ろしさが小豆島にもあったし、そのニュースが正しく伝えられていればまだ許せるけれど、そうしたことに尾ひれはつきもので、一度でも良くないレッテルを貼られてしまうと、その後いくら真面目に過ごしていても覆せない人々の思い込みは続きます。

そんなものだから、まるで政治の世界で取り沙汰される連座制のごとく、親の歴史は子にも影響し、また子の素行が親の見栄や体裁を台無しにしてしまうため、他人様に迷惑をかけないようにとの躾は、どこの家庭もかなり厳しかったのではないかと思います。その結果、一応は正義感の強い人が多かったのではないかと今振り返って思うのですけど、ある種の二面性は人の常であり、そうしたことも含めて日本の縮図だと感じていました。

それでも、そんな大人の事情ばかり気にしていられないのが青春なので、嫌になって反発したりよそへ行きたくなったりということも私にはあり、高校から地元を離れてのびのびと一人暮らしをしたというわけです。

0 コメント:

コメントを投稿

 

Flickr Photostream

Twitter Updates

Meet The Author