島に流れ込む新しい空気

地方自治の再編までは、島内は3つの町に分かれていたのですが、土庄町は単独を選び、内海町と池田町が合併して出来たのが小豆島町でした。

高松の高校に通うようになって、友達から最初に驚かれたのは島の中に県立高校が2校もあったことでした。ちょうど先週に訪ねていた時に、少子化のために中学も高校も私たちが暮らしていた頃の半分以下の生徒数になっていると知り、それにつれて高校も島で1校ということになるようです。こうした過疎化の波は小豆島だけではないし、仕方がないこととは思いながらも、活気にあふれた時代を知る者としては、なんだか寂しい気がしたのでした。

教育熱心な地域だけに進学率が高く、高校を卒業して島の外へ出て行った人たちの中には、公務員として故郷に貢献しようと帰った友達も多くいましたが、ほとんどは外で見つけた就職先に落ち着き、島へ帰ることはありません。それは、私たちが学生だった頃からすでに始まっていた、島の若者たちの必然的進路とも言えるでしょう。

しかし、今こうして島の外を知った上で再び故郷を訪ねると、なんとも言えない心地よさがあり、しばらくは帰りたい病が持続してしまうものです。それは、どこで育った人も同様に感じたりすることでしょうし、小豆島だからどうだって話でもありませんが、恋しいと思いながら外で暮らす方がいいのかもっていう友達も少なくありません。

島の外にある進路を選んだ人たちは、なんらかの夢を見ていたからこそ出て行ったのだとは思うのですが、田舎ならではのしがらみを気にせずのびのびと暮らすことを夢見た私たちの世代にとっては、日本の縮図みたいだと感じさせてしまう面倒くささが今でもあるように思えます。

けれども、外から来た人たちにもやさしく、面倒見が良い人がたくさんいる島なので、うまく溶け込めたとしたらその気候とも相まって、非常に暮らしやすい土地ではないかと思います。田舎の生活を嫌い、町へ出たがった若き日の私でしたが、何の因果か外でも暮らしの場に田舎を選んでしまったため、初めて小豆島の良さが見えたのでした。

田舎というのはどこの地域であろうと時代にそぐわないことが多く、人々は排他的であるという特徴があるように私は思いますが、小豆島の場合は、離島ゆえに一旦は外で暮らしてから帰る人も多い為、適度に外での見聞や空気の入れ替えも行われています。

人がまろやかなのは気候風土だけでなく、外に出て色々なものを見た上で、島の長所や短所に気づくことの出来る大人が多いからじゃないかと思うのです。それを修正するしないは別にして、独特の安全さが維持されているところが面白いと感じます。

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