当時訪れていた巡礼が通る道よりもショートカットできる昔の遍路道をいつも使っていたからだと思いますが、誰が一番に山寺に着くか競争したりもして、そこは疲れ知らずの子供ならではの駆け足だったのだろうと今は思います。
まだ30代になったばかりの頃に、久しぶりに会った幼馴染が懐かしいあの山へ登ってみるかと言ったので、クルマを使わず一緒に登ってみたのですが、思い出話をしながら懐かしい道を歩いていると、そこにいるのは確かにあの頃いつも一緒に遊んでいた友なのに、お互い姿は大人という不思議な感覚も私にはありました。
都会だけでなく、田舎でも子供だけの世界はなくなりはしなくても、その舞台はよそへ移ったということだったのでしょう。
何があれほど楽しかったのか、飽きもせず幾度も幾度も山を目指して駆け回っていたのですが、見ず知らずの巡礼と言葉を交わしたり、山寺へ行くと甘酒をふるまってもらえたりと、私たち子供にとってはそれなりに魅力もあったのでした。
現在は、テレビで紹介されたり、醤の里(ひしおのさと)にある商業施設で案内されたりもし、それまで足を向けなかった観光の方達も洞雲山へ行く機会は増えたはずですが、昭和には巡礼と地元の子供だけという山寺でした。

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