モンスターペアレンツが台頭して久しい現代は、教師の方が余計なトラブルに巻き込まれないようピリピリしているように感じられますが、私が子供だった頃の親たちは先生にクレームをつけることなど先ずなかったので、「ひいき」はあからさまに行われていました。中学になり、よその小学校から来ていたクラスメートたちの話を聞いていると、自分たちは教師運が悪かったと思うしかないほど、学校生活が別次元に思えたものでしたが、数年前に「あの時は仕方なかった。」と当時の担任が口にしていたことを、その人の親戚でもある同級生が教えてくれたことがあり、やっぱり本人もわかっていたのだと知りました。
大好きだった絵さえ描くのをやめてしまうほど、納得のいかない日々を過ごした小学5年生と6年生の頃は、本当に最悪だったなと今でも幼馴染と笑うぐらいひどいものでした。しかし、こうしたことも現代ではネットで似たような経験談を見かけることもあり、そういう時代でもあったのだと思います。
教師とて人間だから、相手が子供であっても相性だって関係あると思いますし、日頃の行いもそうした感情に拍車をかけていたと自分自身も思うので、恨むような気持ちはサラサラありませんが、不真面目な態度が学校生活の全てに悪影響を及ぼしていたのか、夏休みの宿題だった水彩画を提出した時に、担任からこれは親に描いてもらっていると決めつけらてしまったことがありました。
学はなかったけれど、子供の宿題を手伝うような親ではないので悔しかったし、好きで一生懸命に描いてもそんな風にしか思われないのならもう絵なんて描くものかと思った私は、それっきり美術の授業ではなにもしなくなりました。新任の男先生が補助教員でついていて、かなりなだめすかしてくれたこともよく覚えていますが、いくら注意されても絶対に描こうとしなかった強情さは、今にして思うと良かったのか悪かったのか...
かと言って、なぜそこまで反抗するかという理由も言わず、ただ黙って命令に従わないだけだったので、その後もどんどん立場は悪くなっていきましたが、謝るのは先生の方じゃないかと思いながらも、おかまいなしに流れていく時間の中では校則に従うしかない悲しさも感じていたように思います。
社会人になったばかりの頃に、仕事上で主張が合わずに上司とぶつかってしまった時に、「なぜお前が怒っているかの理由を言わなければ、他人が理解なんかしてくれるはずないやろう。」と言われ、それからは理由までハッキリ言うようになったと思います。しかし、今度はそのハッキリさのために生意気だと怒られるというこの間抜けぶり。
解決の糸口を見つけるために議論をし、たとえそれが口答えだったとしても、結果さえ出れば後はスカッと何事もなかったかのように付き合える人間関係をどれほど夢見たかわからないけれど、何か気に触るような意見を一言でも言ったらそれまでという現実の壁はそう簡単には乗り越えられない。
11月最後の連休中に訪ねた小豆島で、あの小学生時代の先生の批評が間違っていると信じてくれていたことを、思いがけず幼馴染から聞かされたので思い出したことですけど、どれだけ嬉しかったかわかりません。私自身がはじめて教壇に立った時に、誰であろうとひいきだけは絶対にしてはならないと強く心に誓っていられたのは、そんな小学生時代の経験があったからです。
デザイン仕事では、言いたいことはハッキリ言わないと伝わらないということは社会に出てすぐに学んだけれど、根本的なところで、わからん相手なら別にわからんままでいいやって思ってしまう気質が直らず、そこで投げ出してしまいそうになると一呼吸おいて、粘り強く冷静に伝えられるようになるまでの遠い道程。

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